過払い金|本件各医院の従業員に支給された給与等及び税理士報酬に係る源泉徴収義務者は控訴人である。


通常脱税目的以外の何者でもなく,これを承認して公 法上の法的効果を付与する合理的理由も全くない。
このことは,所得の支 払の時に成立し,成立と同時に特別の手続を要しないで確定する性質を有 する源泉所得税の納税義務においても,何ら異なるところはない。
イこれを本件についてみると,本件各院長の名義による本件納付済源泉所 得税の納付が,外観上一見して控訴人の通称ないし別名によるものと判断 できるというような事情は認められないから,これを控訴人による納付と みることはできない。
むしろ,控訴人がほ脱の目的を有していたことは明 らかであり,これを承認して公法上の法的効果を付与すべき合理的理由も ない。
したがって,本件各院長による本件納付済源泉所得税の納付について, 控訴人本人の納付義務の履行としての公法上の効果は生じない。
(3) 本件納付済源泉所得税の還付の相手方は控訴人ではなく,これを控訴人 が納付すべき源泉所得税に充当することはできない。
ア通則法56条所定の過誤納金は,私人間の経済的利害の調整を目的とす る民法の不当利得の性質を有するものではなく,公法上の不当利得たる性 質を有するものであり,国税の徴収権者は,過誤納金の納付名義人から納 付された金員がどのような資金源から調達されたかについては一切関知せ ず,これを調査すべき義務も権限もないのであるから,国税の徴収権者と しては,画一的に過誤納金の納付名義人に対して還付せざるを得ない。
実 際上も,課税庁が,当該納付に係る国の利得が実質的に何人の損失に基づ いているかを探求してその還付請求権者を決しなければならないと解する ことは,大量かつ回帰的に発生する同種事案の画一的処理が要請される国税関係諸法の体系にそぐわない。
イ控訴人は,所得税法基本通達181〜223共−6が,過誤納金を「源 泉徴収義務者」に還付すべきものとしている点を捉えて,課税庁が源泉徴 収義務者でない本件各院長に本件納付済源泉所得税を還付した行為を論難 する。
しかし,租税法は,正当な納税義務者が正当な手続で納税すること を期待しており,他人名義で納税がされることは全く予定されていないの であるから,上記基本通達も,他人名義で納税がされた場合を予定するも のでないことはいうまでもない。
ウ控訴人は,本件納付済源泉所得税が本件各院長に還付されたことによっ て,著しく不合理な事態が生ずるというが,源泉所得税の徴収・納付に不 足がある場合には,不足分について,税務署長は源泉徴収義務者たる支払 者から徴収し(所得税法221条),支払者は源泉納税義務者たる受給者 に対して求償すべきものとされている(同法222条)一方,源泉所得税 の徴収・納付に誤りがある場合には,支払者は,国に対し,過誤納金の還 付を請求することができ(通則法56条),受給者は,支払者に対し,誤 って源泉徴収された金額につき,本来の債務の一部不履行を理由として, その支払を請求することができるのである。
したがって,本件各医院の従 業員等は,本件各院長に対し,誤って徴収された金額を直接請求すること ができるから,控訴人が従業員等から所得税法222条に基づき求償をし たとしても,従業員等が二重に源泉徴収義務を負担することにはならず, 本件納付済源泉所得税が本件各院長に還付されたことによって著しく不合 理な事態が生ずることはない。
(4) 本件納付済源泉所得税を第三者納付として取り扱う余地はない。
通則法41条により,第三者が国税を納付する場合,納付書の納税者の納 税地及び氏名又は名称欄に当該第三者の住所及び氏名又は名称を記載し,余 白に納税者の納税地及び氏名又は名称を付記することになっており(平成19年3月財務省令第17号による改正前の国税通則法施行規則別紙第1号書 式備考7),第三者が,ただ漫然と国税を納付しても第三者納付の効果は生 じない。
本件納付済源泉所得税は,本件各院長の名義で納付されており,控訴人が 源泉徴収義務者であることを示すような記載は一切ないのであるから,通則 法41条の解釈上,これを本件各院長による第三者納付と取り扱う余地はな い。
そして,控訴人は,自らが本件各医院の従業員等に対する給与等又は報酬 の支払義務者であるにもかかわらず,本件各院長がその支払義務者であるか のような事実を作出し,支払義務者である控訴人が納付すべき源泉所得税を 法定納期限までに納付しなかったのであるから,本件納付済源泉所得税の額 を基礎として,重加算税の賦課決定をすることに何らの違法もない。
(5) 本件納税告知処分等に課税権の濫用はない。
本件納付済源泉所得税の還付を受けるべき者は,本件各院長であることは 上記(3)に述べたとおりであり,しかも,本件各院長は実在の人物であるか ら,これを控訴人が納付すべき源泉所得税に充当することができないことは 明らかである。
本件各院長が架空の人物である場合と仮定した上での控訴人 の主張は,その前提において失当である。


第3 当裁判所の判断 当裁判所は,控訴人の請求は,本件各納税告知処分のうち納付すべき本税の 額1714万6258円を超える部分及び源泉所得税に係る各賦課決定処分 (ただし,いずれも平成18年12月8日付け裁決により一部取り消された後 のもの)の取消しを求める限度で理由があるからこれ認容すべきであり,その 余は理由がないから棄却すべきものと判断する。
その理由は,以下に説示する とおりである。
1 所得税法183条又は204条によれば,居住者に対し国内において同法28条所定の給与等又は同法204条1項各号所定の報酬,料金等の支払をする 者は,給与等又は報酬,料金等について,所得税を徴収し,これを納付する源 泉徴収義務を負うものとされているのであって,上記の給与等又は報酬,料金 等の支払義務を負う者が,同法183条又は204条に基づき,源泉徴収義務 を負うものと解される。
2 そこで,本件各医院において勤務していた看護師等の従業員に対する給与等 及び本件各医院の税務処理を担当していた税理士に対する報酬の支払義務者に ついて検討するに,前提事実に加え,証拠(甲3,4,6,7)及び弁論の全 趣旨によれば,本件各医院は,本件各院長を開設名義人兼管理者として開設さ れたものであるが,本件各院長は,本件各医院における事業活動(診療行為) から生ずる所得について,控訴人を代表者とする有限会社a,有限会社b及び 有限会社cに対する架空のコンサルタント料を計上するなどしてこれを圧縮し た上,本件各院長の名義で事業所得を確定申告していたが,本件各医院の保険 診療報酬の受取口座の通帳やキャッシュカードは控訴人が管理し,経費は,控 訴人が上記のように管理する収入の中から支出されていたことが認められるの であって,所得税法12条の規定する実質課税の原則によれば,本件各医院に おける事業活動から生ずる所得は,本件各医院の開設名義人である本件各院長 ではなく,控訴人に帰属するものと認めるべきことは明らかであり,この点に ついては,控訴人も争うものではない。
しかし,実質課税の原則に従い,本件各医院における事業活動から生ずる所 得が控訴人に帰属すると認められるということから,論理必然的に,本件各医 院の事業活動をめぐる法律関係の当事者ないし主体が控訴人であるということ が導かれるものではない。
本件各医院が本件各院長を開設名義人として開設さ れている以上,本件各医院の開設者は,名実共に本件各院長であることは明ら かであって,本件各医院における診療行為の対価として支払われる診療報酬請 求権が,私法上,本件各院長に帰属することは否定する余地がないものというべきである。
そうであれば,このこととの対比において,本件各医院で勤務す る看護師等の従業員との間の雇用契約の当事者は,開設者である本件各院長で あり,本件各院長が,従業員に対する給与等の支払義務を負うものと認めるの が相当である。
なぜならば,一般に,個人が開設する診療所における雇用関係 は,開設者を雇用主として成立するものと解されていることに加え,仮に,本 件各医院における診療行為の対価として支払われる診療報酬請求権が本件各院 長に帰属するにもかかわらず,本件各医院において勤務する従業員の給与等の 支払義務者は,本件各院長ではないとしたならば,従業員に対する給与等の支 払が滞った場合に,従業員は,本件各院長に帰属する診療報酬請求権を差し押 さえて,給与等を回収することはできないということになりかねず,かかる事 態が著しく不合理なものであることは明らかであるからである。
そして,弁論 の全趣旨によれば,控訴人が本件各医院の経営に関与することがなくなった後 も,本件各医院は,開設者である本件各院長によって存続し,看護師等の従業 員も勤務を継続していると認められること(この事実は,被控訴人は争うこと を明らかにしていない。
)は,本件各医院で勤務する看護師等の従業員との間 の雇用契約の当事者が,本件各院長であることを裏付けるものいうことができ る。
本件各医院の税務処理を担当してきた税理士に対する報酬支払義務について も,以上に説示したところと別異に解すべき理由はなく,その報酬の支払義務 者もまた,本件各院長であると認めるのが相当である。
3(1) 以上の認定判断に対し,被控訴人は,本件各医院の看護師等の従業員に 対する給与等は,控訴人に帰属する本件各医院における事業活動から生ずる 所得の計算上,必要経費に算入されているのであるから,その経済的出捐の 効果の帰属主体は,控訴人とみるべきであると主張する。
しかし,本件各医院における診療行為の対価として支払われる診療報酬は, 上記所得の計算上,収入の額に算入されるものではあるが,その支払請求権が本件各院長に帰属することは明らかなのであって,その収入金額から必要 経費の額を控除した額の収益を控訴人が最終的に享受しているということ と,上記収益の額を計算する前提となる収入や支出の原因となる法律関係の 主体ないし当事者が控訴人であるということとが当然に一致すると解するこ とはできない。
所得税法12条に基づき,上記収益を控訴人に帰属する所得 と認め,同法を適用することができるからといって,上記所得の計算上必要 経費の額に算入されることを根拠として,本件各医院の看護師等の従業員に 対する給与等の支払義務者を控訴人とみるべきであるとする被控訴人の上記 主張は,独自の見解というほかはない。
(2) さらに,被控訴人は,控訴人が本件各医院の従業員の採否の決定を含む 人事権も給与等の支払の権限も有しており,本件各医院で勤務していた看護 師等の従業員は,本件各医院のいずれに勤務するのかの区別もなく,漠然と した状態で勤務していたなどの事実を指摘し,控訴人と上記従業員との間に 指揮命令関係があるとの主張をする。
被控訴人の主張する上記の事実関係は,控訴人が,本件各医院に係る収入 や支出を管理し,その経営を支配していたことを推認させるものであり,そ れ故に,所得税法12条に基づき,その名義のいかんにかかわらず,上記収 入から支出を控除した結果である収益の帰属主体が,控訴人であると認めら れるといえるものの,それ以上に,上記の各事実から,従業員との間の雇用 契約の当事者が控訴人であり,控訴人が給与等の支払義務を負うとまで推認 するには足りないものというほかはない。
(3) 更に,被控訴人が主張するとおりに,控訴人が源泉徴収義務者であると 解する一方で,本件各院長が本件納付済源泉所得税の還付請求権者であると 解した場合(被控訴人の主張を採用した場合)における,本件納付済源泉所 得税をめぐる控訴人,本件各院長及び従業員等の3者間の法律関係に関する 問題点についてみてみる。
被控訴人の主張するところによれば,本件納付済源泉所得税は,源泉徴収 義務者ではない本件各院長が本件各医院の従業員等に支払われるべき給与等 又は報酬から徴収し,これを納付したものであり,本件各医院の従業員等は, 本件各院長に対し,本来の債務の履行請求として徴収された源泉所得税相当 額の支払を請求できる一方,控訴人は,源泉所得税を納付した上で,源泉納 税義務者である従業員等に対して求償することができる(同法222条)と いうのであるが,この主張は,本件各院長は,従業員等に対する給与等又は 報酬の支払義務者でないことを前提とする本件各納税告知処分と整合するも のとはいえないのであって,このことは,本件各納税告知処分をめぐる被控 訴人の主張が,全体としての整合性に欠けるものであることを示すものであ るというほかはない。
仮に,本件各納税告知処分が,本件各院長における事業活動により生ずる 所得の計算の前提となる収入の原因となる法律関係も,支出の原因となる法 律関係も,すべて本件各医院の経営を支配していた控訴人をその主体ないし 当事者とするものであるとみるべきことを前提とするのであれば,従業員等 に対する給与等又は報酬の支払義務者は控訴人であって,控訴人が給与等又 は報酬の支払に当たって,源泉所得税を徴収したことになるはずであり,そ れにもかかわらず,その納付についてのみ,名義人である本件各院長が行っ たものとみて,これを本件各院長に還付し,改めて,控訴人にこれを納付さ せようとする本件各納税告知処分は,著しく均衡を欠く法解釈に立つものと いうほかはない。

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